不定形爆発 Ver.2.0

アニメとか漫画とか、まあ色々。与太話ブログ。プラモの話と写真はTwitterに移転しました。

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『中二病でも恋がしたい!』 第7話「追憶の・・・楽園喪失」 ― 夢ならたくさん見た。醒めたままでも、また逢いたい。

いいから白ワンピースだッ(迫真)


中二病でも恋がしたい!中二病でも恋がしたい!
(2011/05/15)
虎虎

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1か月も更新しなくてゴメンネ!(誰に向けての挨拶だ)
いやはや、Twitterって怖いわ・・・深く長文で思考することを忘れさせるね・・・。
マジで思考が死ぬところでした。反省はしていない

まぁTwitterにかまける+ネット回線がクソ化した(今も5、6分に1回は回線が切れます)ために若干放置した感じになりましたが、今日は書くよ!
決して『中二病』が本格的にシリアス路線に突入したからじゃないよ!
くみん先輩が白ワンピースだったからだよ!(最低)
おいおい、あのボイスとふわふわしたキャラクタで白ワンピとか、殺す気か?

しかし諸君!
白ワンピとは、「真夏の女の子」を表す象徴的なアイテムであることに間違いはないッ!
だがしかし!やはりしかし!「それだけ」で真夏のボーイミーツガールを表現しきれようかッ!?
否!否否否否、断じて否!
まだ足りない!何かが足りない!
我らの胸を燻らせるもの!諸君、それは何だ!?
そうだ!
つば広の帽子だッ!

今回のくみん先輩を見てみろ・・・確かにつば広の帽子をかぶっているだろう!
あるいは、逆に考えてみてほしい、つば広の帽子、麦わら帽子でもなんでもいい、それをかぶっている女の子を想像してみろ。服装は構わん、何でもいい。
燦々と降りしきる陽光、遠くに聞こえる風鈴の音色、溶けて音を立てるラムネのビー玉。
そこに立つ、つば広の帽子をかぶった女の子。
何かが始まる予感しかしないよね!
そこに、女の子が白いワンピースを着ている、という想像をプラスしてみろ。
あーもう始まったね。すべてが回り始めたね。
何が言いたいかって、白いワンピースももちのロンで重要だけれど、つば広の帽子がないと画竜点睛を欠くということなのだよ、諸君!






・・・・・・。
言いたいこと終わったから、記事〆ようかと思ったけど、触れてなかったな、六花ちゃんのコト。
今回、話が大きく動いたのは、やはりあの「売地」の場面でしょう。

不可視境界線。
見えない線は、生者と死者、此岸と彼岸を分けるもの。
その境界線が、あの祖父母の家にはない。
存在しないものを追い求める孫娘に否定的な祖父と、咎めはしないが理解もしてくれない祖母。
そして姉。
ないものはない。失われたものは、亡くした父は帰ってこない。
そんな絶対の法則の向こう側を夢見る六花を肯定してくれる人なんていなかった。だから彼女は、オンボロ無線機に耳を傾けて、「向こう側」から来てくれるのを待っていた。所詮幼い少女の身では、この家を離れて生きていくことも、この家を離れて境界線の向こう側を探しに行くこともできなかったのだから。

高校に入って、初めての帰省。
高校で見つけた仲間とともに、家族で過ごした家を見に行った。
なかった。
更地になっていて、何もなかった。
此岸と彼岸を分ける境界線を見つけることは、「向こう側がある」可能性が存在するということで、見えない父親が存在するということでもある。
しかし、その境界線の要石の家がなかった。不可視境界線という概念の根拠が、もとより見えない線が、いっそう混迷の渦に呑まれて掻き消えていく。
Vanishment this world.
こんな世界なら、消えてしまえ。
姉に跳びかかるその衝動は、八つ当たりでしかないのに。
夢から覚める時が来た。


あーもう、リトバスの小毬ルートといい、どうしてこういう話が連続で・・・可哀想じゃんかよー。
でも、いくら中二病だからって、父親がもう存在しないなんてことは、当然わかってるはずなんですよね。
偏差値高い高校に入れるくらいには物分りもいいし、祖父と顔を合わせないくらいには空気も読める。
わかってるから、わかってるから受け入れたくない。
受け入れられないんじゃなくて、受け入れたくないんですよね。
can'tじゃなくてdon't。
因数分解とか世間に出たらなんも意味ないし、なんて言ってるがきんちょみたいに、「できない」を「しない」に変換して空想に遊ぶのが中二病だと思っています。
自分の手から暗黒の炎が出ないのは、できないんじゃなくて、しないだけ。
そうでなければ恥ずかしすぎて、空想に浸ることなんてできるわけもない。
亡くなったはずの父親が、まだどこかにいるなんて、思えるはずもない。

逢わないんじゃなくて、逢えない。
論理を塗り替える時が来たのかもしれません。
出来ないことをわかっていくのが大人になるってことなのかもしれませんが、抵抗せずには受け入れたくない。
その抵抗を受け止めてくれる姉がいるのは、六花にとっては救いなのかもしれません。
「夢ならたくさん見た。醒めたままでもまた逢いたい」というのはOPのフレーズですが、今の六花によくあてはまっていると思います。
逢う人が、死者から生者になる時が来たわけで、うんと抵抗してもらって、それで受け入れてもらいたい。
ダメだったという虚無感だけでなく、何かが残った心で。






テーマ:中二病でも恋がしたい! - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2012/11/15(木) 04:41:19|
  2. アニメ感想・考察(Ver.2.0)
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