不定形爆発 Ver.2.0

アニメとか漫画とか、まあ色々。与太話ブログ。プラモの話と写真はTwitterに移転しました。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

『CLANNAD~AFTER STORY~』総括───CLANNADは人生(仮)

今まで各話ごとの感想を書いてこなかったので、総括と言うことで、ここに感想を記しておこうと思います。
総括と銘打ちましたが、ほとんどが最終回の解釈(というか、自己満足?)となっています。
(仮)となっているのは、今後の総集編なんかを見て、また書き直す部分があるかも、と思ったからです。


まず、単純に理解するのが難しいと思った。
子供を授かったと言う喜びの後の、渚の死。和解した後の、汐の死。
上げて落とすという、シンプルで使い古された方法ながらも、これによって朋也も、我々視聴者も精神的に非常に疲労してきたわけだ。
21話における、あのどうしようもない、抗いがたい苦痛から、朋也がどういう決着を付けるかと心待ちにしていたのだが、正直言って、最終回「小さな手のひら」には驚かされた。

恐らく、これを初見で理解できる人間などそうそういないだろう。自分のような原作ゲームも未プレイである者には特にそうだろうと思う。


最終回はまず、「終わってしまった世界」で、少女が倒れたところから始まる。
渚と汐を奪った、白い闇に覆われた世界で、少女は汐であること、機械人形は朋也であること、朋也が見てきた光の玉は、汐の想いであることが明かされる。というより、推測がつくと言った方が正しいか。
少女は告げる。また向こうの世界でも会える、と。光は小さいかもしれないが、集まれば大きい不思議な力になる、と。
吹雪はやみ、光が雲間から差し込んでくる。その光とともに、消滅していく世界、自分。
その瞬間、視点は岡崎朋也に移行する。

とりあえず、この「終わってしまった世界」について思考したい。
前回、汐の死で深い絶望に陥り、渚と出会ったこと、変化の根本を否定してしまった朋也。しかし、もう一方の朋也である人形は、旅がこんなところで終わるのは認められなかった。
どちらも朋也であり、現実では絶望を、異なる世界では希望を持っている。
現実では絶望を受け入れた振りをしていても、心の深いところでは、諦めきれない気持ちが、現実を受け入れるのを拒んでいる。
そんな状態で、汐に「また会える」と言われたのだから、この世界が存在する理由も無い。それゆえの世界の消滅だと思う。

そして、岡崎朋也は古河渚を呼び止め、抱きしめる。「俺はここに居るぞ」と。
それは変化の許容である。朋也は、渚と出会ったことは、間違いではなかったと思ったのだ。今までの日々をただただ繰り返すだけの日常とは違う、渚とともに居るという“変化”である。

問題はここからだ。
いきなり像の揺らいだ実写パートになり、「長い長い旅が、今、終わる・・・・・・」と朋也と人形のモノローグが入り、渚も汐も生きている世界へと行き着く。
ここでアニメ組はポカンとなったと思う。「え、何これ?どういうこと?」と。
まず考え付くのは、時間遡行と並行世界だ。この作品、なまじ光の玉が存在するだけに、こういったものもファンタジーとして片付けられない。
現実的な線でいけば、朋也の意識が作り出した、現実ではない、朋也の頭の中にしか存在しない世界と言うのが挙げられるが、これは並行世界が一番有力だろう。
だって、ことみはなんの研究をしていた?この世界ではない世界だろう。

この理想の世界が出来たのは、町の、汐の意志によってだ。それは窓の外に無数の光があることから分かる。
では、この理想の世界は、我々に何を訴えたいのか?何を伝えたいのか?

自分は、「岡崎朋也の救済」だと思った。
朋也は、母はなく、妻を亡くし、娘を失った。自己とつながる異性が全く存在しないのだ。
つまるところ、朋也には、母性による庇護が無かったと言える。逆にそれが無かったからこそ、あの少女とともにある「終わってしまった世界」があったのかも、と思えてくる。
そして、変化を受け入れることで、この世界でそれは回復された。朋也は、失ったものを取り戻したのだ。自己の回復とでも呼べるだろうか。
そして、風子のパートに移る直前、朋也の微笑の後に入る白いシーンの右下のタイトルは「CLANNAD」になっていた。AFTER STORYではないのだ。これこそが、CLANNADという作品全体を通して言いたいことであったのではないか。

一期のOPから登場していた、汐が駆けている菜の花畑。調べてみると、菜の花の花言葉は「小さな幸せ」だった。
これを知った時、正直「やられた」と思った。素直に感心した。
まったく、「CLANNADは人生」とは、うまいことを言った奴がいたものだと、つくづく思う。

言いたい事はこれで終了だが、まだ来週には番外編があるし、その先には総集編がある。
今はそれを素直に楽しみに待とうと思う。
風子が言っていたではないか。「楽しいことは、これから始まる」と。


なお、このエントリを書くのに当たって、KOOLさんにお世話になったことをここで感謝します。
ここまでしょうもない長文を読んでくださった方には、絶大なるお礼を申し上げたいと思います。
失礼しました。

この1クリックが明日への活力。

  1. 2009/03/14(土) 04:29:53|
  2. アニメ感想・考察(Ver.1.0)
  3. | トラックバック:3
  4. | コメント:0
<<アニメ『鉄のラインバレル』#23「死に方が決める生き方」感想 | ホーム | 思考だだ漏れ雑記>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://boricacid.blog79.fc2.com/tb.php/117-15b54492
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

(アニメ感想) CLANNAD ~AFTER STORY~ 第22話 「小さな手のひら」

CLANNAD AFTER STORY 5 (初回限定版) [DVD]クチコミを見る☆<3/12更新>今回(第21話 世界の終わり」)の感想をポットキャストにて収録しました。「あのシーンは泣けた?泣けなかった?」、「朋也にとっての街とは?」、「クラナドで描かれる家族とは?」等、アニメ?..
  1. 2009/03/15(日) 16:26:24 |
  2. ゲームやアニメについてぼそぼそと語る人

CLANNAD AFTER STORY 第22話「小さな手のひら」(本編最終話)

やっぱり笑顔で終わるのが一番!どうなるのかと思いましたがよかったよかった。原作だと3回やらないとここまでたどり着けないそうで…そりゃ前回ラストで「完」じゃ待てコルァ状態ですよねw幻想世界の少女=汐ロボットくん=朋也汐ちゃんは幻想世?..
  1. 2009/03/15(日) 10:39:48 |
  2. のらりんクロッキー

CLANNAD~AFTER STORY~ 最終話「小さな手のひら」

「幻想的な光」
  1. 2009/03/14(土) 17:55:00 |
  2. マリアの憂鬱
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。