不定形爆発 Ver.2.0

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「そうゆう」に見る漫画における日本語

なんだか最近気になる「そうゆう」という言葉について考えてみました。
続きは↓からどうぞ。

皆さんも漫画で見かけたことありませんか、「そうゆう」って。この場合「そーゆー」でもかまいません。

でもよくよく考えてみるとこれ、日本語としては正しくありませんよね。書くなら「そういう」になるわけです。

じゃあ、何故漫画内でこういう言葉が通用しているかというのには、漫画の性質というものが関わってくると思います。

漫画、とりわけそれにおけるコマというのはご存知のとおり、絵とセリフとワクによって構成されています。
それをひとコマずつで考えていくと漫画というのはその場面場面が止まっているんですよね。
実際はあるはずの流れがコマで絶たれています。その絶たれた流れを自分たちは想像力で補完しながら読むのです。
そう考えると漫画というのは静止した場面を連続させて楽しむ娯楽文化というわけです。

ここで「そうゆう」という語について話を戻しますが、漫画は場面を静止させる際にその音声をも止めています。その表れがセリフと一部の擬音です。
その静止した場面での音声というのは作り手が想像した、あるいは体験したものであるわけですが、
この「そうゆう」という語は直に想像した、体験した音声なのです。つまりはいまだ『音声』のまま。
批評文などのセリフがない文のようにはじめから「そういう」ではなく、漫画はまずはじめに音声があります。
だから『音声』から『文字』への変換作業が必要になってきます。
しかし『音声』が『文字』という媒体になる際に正しく日本語への変換作業が行われていない。
だから日本語という『文字』、特にその文法において正しくならない、というわけです。

しかし、漫画というのはそんなに高尚でもない、あくまでも娯楽なので「そういう」よりも「そうゆう」「そーゆー」の方が堅苦しく無くていい、というのもあるかもしれません。
また、漫画が、セリフを文字として表す際に文法なんて気にしなくていい、音声のみを表すまさに本来の日本語的用法、静止させるというその性質をフルに使う娯楽なのだとしたら、話はまた違ってきます。
現在はこちらの方がまかり通っている気がします。

日本語としての正しさをとるか、漫画の性質としての正しさをとるか。
『文字』としての正しさをとるか、『音声』としての正しさをとるか。

ここで今後の漫画で我々が目にする「セリフ」というものが変わってくるかもしれません。
  1. 2008/05/11(日) 05:42:40|
  2. まじめに考えた邪推
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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コメント

なんだか凄い文だぞ!驚いてしまいました。
「そういう」ことって漫画だけではなくて、メールやここのような掲示板などでも言えることですよね。
自分は日本語としての正しさを取りたいと思うので、気をつけなきゃいけないなと思いました。
上の文でいうところの「堅苦しくない表現」「音声としての日本語」も嫌いではないですが、正しい日本語は聞いていても美しい、そう思います。
  1. 2008/05/18(日) 00:15:53 |
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  3. garbage #afatyasc
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