不定形爆発 Ver.2.0

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原作とアニメの良好な関係~漫画篇~ 第2回

アニメとブログを考える掲示板の方で、『みなみけ』を例に出したときから、「アニメから原作に入ると、どうなるのか?」が甚だ疑問だったので、ちょっとまとめてみました。
ただ、今のスレッドの流れからして、そちらに投下するのも筋違いかな、と思ったので、こちらでやらせていただきます。
実は掲示板の方々の論理の巧みさに付いていけなかったりしている自分が居るわけなのですけどねw
自分も論理をうまく組み立てたいなぁ。

もはや前回書いた悩みから、まったく別の立ち位置からの記事になっていますのでご注意を。
論理的な文章でもありませんから、重ねてご注意を。


それにしても自分、エラそうなこと書いてんなァ。

前回の記事では、原作を読んでからアニメを観た際における時間認識について主に述べたのだが、今回はアニメを観てから原作を読んだ際における時間認識について思考しようと思う。
原作を読んでからアニメを見た際に生じる「先入観」によって、アニメそれ自体を素直に鑑賞、あるいは評価できなくなっているとは、前回書いた。今回もその「先入観」を利用して話を進めたいと思う。

では本題。
アニメを観てから原作を読むとどうなるのか?
自分の中で出た答えは、「脳内時間がアニメナイズされる」ということだ。


当然のことだと思う。なぜなら、先に「時間」を取り込んでいるメディアに触れているのだから。
逆説的に言えば、漫画というものには時間が無いからだ。
もちろん、前回書いたようにコマとコマとの時間は存在するであろうが、それは後でいくら読み返してその自己定義を変えても、つまり自分でその漫画内の時間を短縮しようが引き延ばそうが、それは各人の自由であって、アニメのように不可逆的に流れる時間、絶対的に変更することのできない時間と言うものが存在しない。虫が良いようだが、ここでは「時間」は、不可逆的に流れる変更不可なものと解釈してほしい。漫画内に流れる時間は、言ってしまえば自分で作り出す擬似的なものなのだ。

さて、アニメを観た後に原作を読めば、おそらく何の違和感も感じないはずである。
それは、「先入観」がアニメで流れていた時間に支配されているからだ。
アニメには、上記に挙げたような事例の「時間」が存在する。漫画はその脳内で時間の流れを補強するものであるが、アニメは現実世界に今も滔々と流れ続ける時間によって制御される面がある。
アニメを鑑賞してから、そのアニメの内容を思い出せば、きっと思考の中では各キャラクタが、アニメとほとんど変わることの無いタイミングでセリフを喋ったり、奇声を発したりしているはずである。
そこには、時間に関して脳内補正の立ち入る余地が無い。アニメで流れる時間は現実世界に生きる人間に即したものであり、漫画のように時間を補う必要性などない。
ここで、時間に関する「先入観」は完全にアニメの時間に支配されているといってよいだろう。

その状態で、原作漫画を読めば、どうなるのか?
脳内で再生されるキャラクタたちは、アニメの時間間隔で話し、動くはずだ。さきほども言ったように、そこには何の違和感も感じられないだろう。仮に脳内スライドショーで使用される画が、原作のものであっても、だ。
脳内時間がアニメナイズされてしまうのだ。

時間認識に絞って話を進めてきたつもりだが、この「アニメナイズされる」という点に関して言えば、それは時間の話だけにとどまらない。
空間の広がり、人間の配置、物体の配置、風景など挙げればきりはないと思うが、そういう自己の勝手な想像・妄想に委ねられるべきものが、アニメに縛られ制限されてしまうと思う。
この現象が顕著なのは漫画よりも小説・ライトノベルの類であると思うのだが、現在は漫画についての話をしているので、ここでは詳しく言及しない。というより、自分の持ち物では言及できない。それは、別の方にお任せするとしよう。


あるアニメによる限定・束縛を持って原作を読めば、「アニメと違う」などという感覚は発生しない。アニメの時間感覚が、原作の擬似時間にフィードバックされるのだから。
しかし、脳内時間のアニメナイズは、ここで思わぬ効果を発揮する。
原作も、楽しんで読めるのだ。
ここに、「原作もアニメも楽しむことができる」という自分の宿願が達成され得たに見えるが、それは結論部分の話であって、その前提(原作からアニメへの流れ、かつ両者を割り切る)に合致しない。

結局、この記事では問題の解決を図ることができなかった。
なんだか自分で勝手に迷路を作って入り込んでいるような感覚すらあるが、まだまだ思考していきたいと考えている。


夜明けは、遠い。
  1. 2009/10/25(日) 00:08:56|
  2. まじめに考えた邪推
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

Re

こんにちは。こちらにお邪魔するのは初めてですね。
こんなにいい考察が出来ているのは素晴らしいと思います。自分は漫画をほとんど読まないので、原作とアニメの関係を時間の流れ方から考察するなど、考える機会すら無かったテーマで、読んでいていちいち感心し通しでした。いい記事なんですから、掲示板に貼り付けたらいいのにー。
今回改めて考えて見てふと思ったのですが、原作を先に知っている場合、原作とアニメの時間の流れ方は、どちらが早いですか?自分の勝手な推測だと、同じセリフでも、アニメだと漫画よりもどうしても時間がかかってしまって、アニメのほうが冗長に感じられる傾向にあるのではないでしょうか。あ、4コマはその限りではないかもしれませんが。
小説にせよ漫画にせよ、文章を”読む”と”聞く”では、読むほうが理解力が働くのが道理で、その点、アニメのセリフはどうしても”読む”ときの脳内時間をそのまま再生できないという問題があるのではないでしょうか。もし制作者側も、もっとテンポを速めたいのだけどそれが出来ないというもどかしさを抱えているのだとしたら、それは作り方の問題ではなく媒体の差という話になってくるので、あまり責められない部分だと思いますし、逆にそこをそういうものだと割り切ってしまうことが出来れば、原作とアニメの両立が上手く行くのではないかな、なんて思いました。
当を得ている自信はありませんが、ご一考いただけたら幸いです。
  1. 2009/10/25(日) 19:22:46 |
  2. URL |
  3. おパゲーヌス #H6hNXAII
  4. [ 編集 ]

Re

>>おパゲーヌスさん
コメントありがとうございます。その上、こんな記事を評価していただけるとは・・・・・・感謝の極み。嬉しいです。えへへ。
原作とアニメの時間の流れ方はどちらが早いのか?ということですが、一概には言えない気がします。
しかし、仰るとおり、セリフがその早さに関わってくることは確かです。
個人的には、セリフが長ければアニメでは冗長に感じられ、セリフが短ければ・・・アニメでも特に変わらないな、と考えています。各作品、各話、各セリフによって変動するものかと。
媒体の差、メディアの違いについては、自分も考えていたところです。そもそも、こんな記事を書くきっかけになったのは、掲示板に加えて「メディアの違いを理解せよ!」という某アニメのセリフもあったりw
媒体の差による脳内時間の再生の問題については、おパゲーヌスさんの仰るとおりかと思います。アニメでは聞こえた文章をわざわざ脳内で文字に変換しますが、漫画なら、文章が一瞬で目に入りますからね。
神経科学も心理学も知らないのにこんな記事を書いている自分ですが、今後も掲示板やブログで、よろしくお願いします。掲示板、なるべくレスするようにします。
  1. 2009/10/26(月) 05:48:42 |
  2. URL |
  3. ホウ酸 #-
  4. [ 編集 ]

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