不定形爆発 Ver.2.0

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なんでガンダムの親ってすぐに死んでしまうん?

ガンダムシリーズを大量に見たわけではないけれども、やはり疑問に感じるところ。


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最近、新作『機動戦士ガンダムAGE』の制作が発表されたり、『THE ORIGIN』のアニメ化が決まったりと、ガンダム界隈はなかなか騒がしいですね。『THE ORIGIN』はマ・クベに期待。

それはさておき。

ガンダムに出てくる親って、なんだかやたら早く退場する気がしません?
死んだり、酸素欠乏症で頭がアレになったり。

    |
    | これはドラマではありません!実戦です!
    |
     ̄|/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  .-、  _
  ヽ、メ、〉      r~~ー-、__      ________________
  ∠イ\)      ムヘ._     ノ      |
   ⊥_      ┣=レヘ、_ 了     | え--い、ホワイトベースはいいっ!
-‐''「 _  ̄`' ┐  ム  _..-┴へ   <
  | |r、  ̄ ̄`l Uヽ レ⌒',    ヽ.   | ガンダムを映せっ! ガンダムの戦い振りをっ!!
  (三  |`iー、  | ト、_ソ   }     ヽ   |
  | |`'ー、_ `'ー-‐'    .イ      `、   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  | |   `ー、    ∠.-ヽ      ',
__l___l____ l`lー‐'´____l.       |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||  .|      |
               ||  |__.. -‐イ
               ||   |    ノ/


まあ冗談はさておき。

とにもかくにも、どいつもこいつも、さっさと退場しすぎる。
よしんば退場しなかったとしても、子供に対して無責任と言うか、保護能力を失っている。
普通―フィクションを現実に当てはめるという無粋なことをすると―親って、子供が兵器に乗って戦うなんて危険な状況を承認するものじゃないと思うのですけれど。

これって、主人公が「子ども」であるがために起きる事態だと思うのですよね。

最初のガンダム、1stのことですが、これを例にとってみましょう。
物語開始当初、アムロのそばには母親がいません。父は仕事人間で、親子の触れ合いがめったにないことが示されます。
そこにジオン軍の奇襲。父はコロニーに開いた穴から宇宙空間へ放り出され、アムロとは離れ離れに。
一方の母は地球にいますので、アムロにとって「親に保護される環境」というのが完全に取っ払われてしまいます。父もおらず母もいない。親しかったフラゥ・ボゥの家族も皆死んでしまった。
そこで一番自然な次の行動と言えば、ホワイトベースに乗り込んで戦うということ。
もちろん、この状況に至るまでの要素として、サイド7が住める環境ではなくなったこととか、ホワイトベースの兵員の大半が死んでしまったこととか、色々ありますが、「親の不在」も一要素としてしていいと思うのです。

親が、保護者がいないということは、主人公が―子どもが戦うという状況に異を唱える者がいないということで。
それは物語をすんなり進めるのに一役買っていると思うのです。それに加えて、主人公が天才的なパイロット能力でも持っていたら、もう否やを唱える者はいないでしょう。
アムロは物語の中盤で母に出会いますが、この状況ではむしろ引き止める方が視聴者から見れば非難を浴びる対象になりかねません。(そもそも「宇宙は嫌だ」という理由で仕事人間の父のテム・レイに子どもを預ける母に保護する能力があるようにも思えませんし、そんな気が本当にあるかどうかも疑わしい。)

主人公が大人の作品(第08MS小隊とか逆シャア)は、この構造を必要としないので、親の存在はオミットされています(シローは親族が毒ガスで死んだようだけど)。

以後の作品でも、子供が主人公の作品が作られますが、どれでも親は子供のそばにいないような気がします。なんで?子供が活躍できないから。
子どもがパイロットで活躍するという構図は引き継がれ、『F91』に至っては、子どもに対する愛情を持った母が近くにいるにもかかわらず、子供がパイロットであるという構造は消えません。
最新作である『機動戦士ガンダムAGE』でも母親が死ぬようですし、この構図も、親が死ぬなりなんなりして不在状態になるという要素も、「子どもが主人公」である限り、どこまでも延々と連綿と永遠に継がれていくんでしょうね。

親の不在という要素は、物語を回す歯車という位置づけだけでなく、ガンダムのお家芸立場をも担っていくのでしょう。



テーマ:機動戦士ガンダムシリーズ全般 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2011/07/01(金) 00:07:20|
  2. まじめに考えた邪推
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