不定形爆発 Ver.2.0

アニメとか漫画とか、まあ色々。与太話ブログ。プラモの話と写真はTwitterに移転しました。

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『のんのんびより』最終回のラストシーンについて考えたいひとつのこと

10か月ぶりのブログ更新です。思考が固まってないので、メモ書き程度に。

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『のんのんびより』の放映が終了しました。
思い返せば、今年は
<春> 『GJ部』最終回→もう何もかもが終わった…
<夏> 『ゆゆ式』最終回→もう何もかもが終わった…
<秋> 『きんいろモザイク』最終回→もう何もかもが終わった…
<冬> 『のんのんびより』最終回→もう何もかもが終わった…
と、いったい何回燃え尽きた矢吹ジョーになれば気が済むんだと言わんばかりの日々でした。まぁそのくらい日常系のアニメが多かったし、そればっかり見てました。

そういう流れの中で『のんのんびより』最終回を見ていた時に、「ん?」と首をひねりました。というか驚愕しました。
キャラクタたちが、カメラ目線で、こっちに向けて手を振っている。


まず最初に思い出したのは、『よつばと!』12巻でした。
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あれも最後のシーンで、よつばがカメラ目線で「今日はなにしてあそぶ?」って言って終わるんですよね。
それを読んだ時にまず感じたのが、驚愕でした。読んでた電車の中で絶句しましたもん。
なんでかって、まぁBS漫画夜話なんかでも言われてたような気がしますが、自分が『よつばと!』という作品を「こんな世界は実際存在しないけれど、漫画という形でどうぞご鑑賞ください」というものだと認識していたからなんですよね。
だから、読者である自分はその世界を眺めるだけで、別段作品世界に対して批判したりなんだりってしてませんでした。あくまで自分たちはいわば「お客様」で、眺めているだけ。演劇や舞台やドラマとも違うから、ファンサービスとかそういうのもないし、関わりがまったく断絶していると感じていましたから。それはそういうもんだと。
ところがどっこい、作中のキャラクタが、カメラ目線で、つまるところの読者=自分に向けて語りかけてきたんだから、これはもう一大事ですよ。え、この作品って、私たちを必要としていたの!?って具合ですよ。

そもそも、読者がいて初めて成り立つ、というか、発信者(=作品)と受信者(=読者/視聴者)がいて成り立つものってなんでしょう。
たとえばメタネタでしょうか。あれって、発信者と受信者の間に共通の理解がないと成り立たない=面白くないですよね。両者共通の知識があって、初めて意味が通じるようになるじゃないですか。
あとは、時事ネタとか。あれも両者の理解がないとネタとしてお互いの中で成立しないですよね。他にも、古典で言うなら説話系の物語なんかもそうでしょうか。

パッと思いつくのはこの辺ですが、『よつばと!』ってこの手のネタ全然使ってないじゃないですか。
読者が作品を読んで、「勝手に」共感したり、「勝手に」感じ入ったりするばかりだったんじゃないでしょうか。だって、そういうネタがない限りは、読者の必要性は限りなく希薄で(作品が成立する段階で、作者や編集とかが「客」のことは考えてるのかもしれませんが)、私たちは鑑賞しているだけのお客様に過ぎないんですから。合いの手さえ求められていない。なんでしょうね、悪い喩え方をするなら、マジックミラー越しにものを見ているって感じなんでしょうかね。

そこで急にカメラ目線で、私たちに何かを投げかけてくる。
それって、一種のドッキリですよ。生まれた時から「あなたは透明人間です」と言われていて、いろいろ好き勝手していたら、実は「バレバレだぜ」って明かされるみたいな。
こっちが見ているだけだと思ったら、実は向こうもこっちを認識していた、という。

これが現実世界の、例えば舞台なんかだったらわかりますよ。だって目の前に生身の人間がいるんだから。そもそもそれは「役者」であって、「キャラクタ」とは違います。
でも、これって「漫画」じゃないですか。
そこには「役者」は存在せず、「キャラクタ」しか存在しないわけですよ。そもそも住む世界が違う。
元々メタネタとか時事ネタとか大量に突っ込んでくる類の作品だったらまだしも、『よつばと!』という作品の「キャラクタ」が急にこちらと接点を持ったら、戸惑いますよ、そりゃ。


『のんのんびより』でも似たような感覚を持ちました。
それは別に、「こんな田舎があるわけないじゃん」とか「こんな世界があるわけないじゃん」という批判とは位相が違います。ていうかそれはただの野暮です。江戸時代だったら確実にハブられるやつです。そんなことは百も承知なんです。

なぜ、こちらと直接的な接点を持とうとしたのか。

『のんのんびより』だって、向こうが提供する(作品内で完結する)物語、風景、キャラクタ、そういったものから、こちらがあくまでも「勝手に」共感したり感動したりするものだったと思っていました。
なんで作品の外の、受信者=視聴者に挨拶をしに来たのか。エンドカードなんかでなく、作品内で。

せっかくの年末なので、空いた時間でもう少し考えたいと思います。

テーマ:のんのんびより - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2013/12/24(火) 06:18:06|
  2. まじめに考えた邪推
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麻薬との付き合い方 ~GJ部麻薬論~

『GJ部』というアニメがあります。



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初めてその1話を見た時、正直な話、「なんだこのアニメ、クッソつまらんな」などと思ったのは否定できません。いや、今でも「うーん……」という思いが拭えないというのが現状です。

ところがどっこい、Twitterなんかを見てくださればわかると思うのですが、GJ部視聴中、自分はものの見事にあ^~かわええんじゃあ~という反応しかしていません。
何もこれは自分に限った話ではなく、Twitterで実況なんかやってるとよくわかるんですが、1話放映当時は「これは足切り安定だな」という雰囲気が確実にあったはずなのです。
ところがどうです、公式が驚愕するくらい視聴率は伸び、gdgd妖精から移ってまでGJ部を実況したりする人々は増えるばかり。

どうしてこうもGJ部に熱を上げる人が増えたのでしょうか。
もちろん、「『キルミーベイベー』に似てる」とか「クソアニメだからこそオススメする」みたいな、まぁどことなく天邪鬼な人たちの宣伝も、原因としてはあったでしょう。

しかし、ここで自分はGJ部を麻薬に準える、「GJ部麻薬論」をぶちあげたいと思います。

なんで麻薬なのか。
みなさんは、どういう理由でGJ部を見ていますか?
キャラが可愛い以外の理由で見てる人、いますか?
お世辞にも、ストーリーなんてものはあってないようなものだし、ギャグみたいな要素も見受けられません。もっと悪い言い方をすれば、「カワイイ」以外の要素はないんじゃないでしょうか(キャラクターの演技等も、「カワイイ」という要素に通じると思います)。
出歯亀根性の極致と言いますか、クラスの可愛い子をいくら眺めても飽きないような、そういう感覚でGJ部を見てはいませんか?少なくとも自分はそう感じています。

そうすると、ストーリーの起伏もなければギャグもないこのアニメで盛り上がる部分は、必然的に「カワイイ」にしかないわけです。
ぶっちゃけた話、このアニメを評価するのも評論するのも賛美するのも「カワイイ」というワードひとつで足りてしまう。
それさえわかればあとは簡単、「カワイイ」要素しかないのだから、後はその波に乗るだけで、高揚感とか酩酊感が味わえます。クラスの男子評議会で、「あの子可愛いよな!?」って賛同する奴が多ければ多いだけ、その波に乗った奴はテンションが異常に上がるみたいな、そういう感覚です(例えが微妙ですけど)。

まぁ、実際可愛いんですよ、このアニメ。キャラクターが。アニメ見てて、キャラクターのほっぺペチペチしたくなりませんか?

さて「カワイイ」要素で高揚した後ですが、どこにも冷静にGJ部を評価しようとする向きはありません。自分もしようとしたことはありません。
んで、1週間経とうとしたら、また「カワイイ」を求めてテレビの前に群がるのです。

この一瞬の高揚だけが全てで、後に何も残らない感覚、これこそ麻薬ではないのかと思うのです。
GJ部に可愛い!面白い!とシュプレヒコールを上げている人々は、いわばヤク中の群れなわけで、そこに冷静に作品を評価しようとする人は誰もいませんし、後になってGJ部をどうして面白がっていたのかを聞いても、おそらく「可愛かったから」以外の答えが返ってくるべくもないでしょう。

そういう意味では、GJ部という麻薬の用法用量を、視聴者が把握してきたとも言えるのではないでしょうか。「カワイイ」成分にアてられて、大勢で妄想世界でわーきゃーするのが楽しく、そして、それしかない。乗るしかない、このビッグウェーブに、ってやつですね。

まぁこのヤク中がマイノリティだったらなにも問題はなくって、アングラでなんか騒いでるやつらがいるなぁくらいで終わったと思うんですけど、いかんせんその数が多くなってきたというのがここ最近だと思います。
そうすると、「他のアニメを叩いておきながら、GJ部を異常に賞賛している奴」みたいな、どう考えても頭オカシイ人ってのが出てくるわけですね。そこに不快感を感じる人だって当然います。
普段の生活の中で、ヤク中を見かけたら、誰だって「うわぁ……」ってヒくと思います。GJ部も同じです。「カワイイ」しかないモノをありがたがるのは、どう考えてもおかしいんですよ(まぁよくよく見れば、誰も「真剣に」GJ部を面白がってる人なんていないんですけど)。

だから、GJ部を、麻薬を、過剰に持ち上げすぎてはいけないんです。用法用量を守って、他人に迷惑をかけない範囲で嗜むのが秘訣です。やりすぎると阿片窟で摘発された清国人みたいになります。麻薬というものは一般に流通するものではなく、アンダーグラウンドで静かに流れていくものですから、あまり表で大々的に騒ぎ立てるべきではないんですよ。

ただ、GJ部という麻薬について、これにハマった人々の社会復帰は早いと思います。
今はみんなが、決まった日付、決まった時間に一斉にこのクスリをやっているから、ここまで熱狂的に膨れ上がっているだけであって、放送後にBDやDVDを借りてきて(^p^)となる人間が果してどれほどいるのか。
おそらく、みんなまた新しい作品、いや麻薬を見つけてGJ部から離れていく。そういう意味での社会復帰、ですが。

でも、本物の麻薬みたいに、全てが終わった後に「なんで俺はあんなアニメで盛り上がってたんだ…」と忌避しないでほしいのです。
GJ部はあくまで、「カワイイ」という麻薬のようなものに過ぎません。アニメ作品なのです。

摘発されることのないように、用法用量を守って適切に、自覚的にこの麻薬を楽しむこと。
そして社会復帰の暁には、「GJ部?あぁ、そういう作品もあったね」とにこやかに語れること。



自分は、『GJ部』という作品が好きです。(了)






テーマ:GJ部 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2013/02/28(木) 17:05:56|
  2. アニメ感想・考察(Ver.2.0)
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新年のご挨拶。と2012年OP・ED10選もどき。


新年、あけましておめでとうございます。本年も何卒よろしくお願い申し上げ奉りほんと見捨てないでくださいよろしくお願いします(2回目)

去年は更新回数があまりにも少なく、2012年の記事を見てくださればわかるように偽物語書き終わったあたりから野垂れ死んでいたと形容してもよい有り様でしたので、いやぁ、ホント、あの人どうしたんでしょうかねぇ……?(他人事)
今年はもう少し、もう少しだけ、更新頻度を上げられればいいなと思います(他人事)



文末に()付けるのもいい加減くどいだろうなと思われてきたところで、2012年に印象に残ったOP・EDを挙げていきたいなぁと思います。ね!年明けたのにね!映像は特に見てません。曲調が好きなやつばっかりです。


何はともあれ。適当なコメントと共に紹介したいと思います。

①「シグナルグラフ」(『恋と選挙とチョコレート』OP)

こんな動画しかありませんでしたがとりあえず。気付いたら風呂場で口ずさんでました。男声で。


②「ニッポン笑顔百景」(『じょしらく』ED)

さっきからループ動画ばっか挙げて申し訳ないね。探すのがめんどくさいんじゃないよ、実際ないんだよ
紅白でも頑張ってましたが水森かおりには敵いませんでしたね(適当)


③「冷たい部屋、一人」(『K』ED)

ネコかわいさで見たら、なんかホモっぽくて「ファッ!?」ってなりました。でもEDのボーカルはネコで安心しました。静かな感じほんとすき。やっぱりネコがナンバーワン!


④「REAL」(『機動戦士ガンダムAGE』第3期OP)

これは曲だけじゃなくて、映像もホントかっこいい。とかく叩かれることの多いAGEですが、このOPのかっこよさだけは誰にも侵せないと思います。でもAGE-3はもっと活躍させてもよかったんやで?


⑤「AURORA」(『機動戦士ガンダムAGE』第4期OP)

藍井エイルだからね、仕方ないね


⑥「優しさの理由」(『氷菓』前期OP)

サビの歌詞ほんとすき。今はまだ誰の名前でもない輝きの彼方へ、全部過去になる前に見つけに行こう。


⑦「Dream Riser」(『ガールズ&パンツァー』OP)

秋山殿が可愛すぎるのがいけない


⑧「Days of Dash」(『さくら荘のペットな彼女』ED)

気付いたらTSUTAYAで探してた。どうしてだろう。


⑨「ROUNDABOUT」(『ジョジョの奇妙な冒険』ED)

そのうち「ラウンドアバウト」か「イエス」ってスタンド登場しそうだよね


⑩「FEARLESS HERO」(『DOG DAYS´』OP)

言語不要。



というわけで、いかがでしたでしょうか?
今年も男声で力強くカラオケ出来る女性ボーカルの曲がたくさんあるといいですね(台無し)




  1. 2013/01/02(水) 23:47:42|
  2. 雑記
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『中二病でも恋がしたい!』 第12話「終天の契約」 ― 第二の誕生

六花ちゃんおめでとう!



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はい、最終回でしたねー。
自転車2人乗りとか、夢とキボーにあふれすぎて、ああん、もう!


六花ちゃんが死んだパパに別れを告げるのが今回の見どころで、それは絶対的に正しいのだと思います。
あのシーン。
もう彼女らの中で、中二病は絶対の地位を失っていて、だからこそ、遠い船の光を、中二病という演出が重なって、境界線の向こうからの大いなる光に見えた。妄想から奇蹟へ昇華することができる。

中二病なら「当然起こり得る」ことでも、それが必然性を伴わない口上の演出だってわかってたら、それは「奇蹟」でしょ?

ここには認識の差異があります。父親の事から目を背ける絶好の口実で、世界を形作る要素だった中二病が、現実を刺激を与える、現実をしのいでいく、ちょっとしたスパイスにまで地位を落としているのですから、六花の中で、現実が無視できなくなっているわけです。
人は現実と折り合いをつけていかなければいけないのは自明の理で、そういう意味では、中二病をうまく現実の中に折り込むことができたのではないかな、と。
中二病を後生大事に抱えるものでなくて、時折取り出しておひさまにかざして眺めてみる、そういうものにできたのではないでしょうか。苦しい時、辛い時、そういう時に眺めて、自分に活を入れられる、そういうものに。


簡単に捨てられなくて、持て余していた六花の中二病は、かように劇的な奇蹟を経て、劇的であるからこそ、現実の中に折り込めた。
劇的じゃなければ、あの状態の六花なら余計に諦観を深めてしまいそうですもの。
まさに奇蹟。
そして、今までの中二病で覆われた現実でもなく、中二病なんてくっだらなくてお父さんのいない辛い現実でもなく、中二病を「それもアリだ」と思えるような現実に生まれ出でたわけで。
お誕生日、おめでとう。


さて、一方で気になる部分もあるんですよね。
なんというか、中二病ってそんな大層なものじゃないんじゃないかなーっていう経験論が、この作品の中二病を中二病ではないと認めたがらないw
まぁ中二病の定義とかになると、別段この作品と関係なくなるのですが。
個人的には、中二病って子どものごっこ遊びと変わらないと思うので、わざわざ「素直にああいう風に振る舞えるのが素敵」とか「抑圧から解放されたかった」みたいな、そういう理屈付けはあんまりいらなかったんじゃないかなー、と。六花の中では、単純に前付けなしの「かっこいいと思った」から始めて、演じているうちにごちゃごちゃとお父さんの物語をくっつけちゃった。そんな気がしないでもないのです。
そういう憧れから話を始めるなら、これは別段中二病である必要はないわけで、看板に偽りありと言いますか、タイトルが『偽物語』でも違和感ないかと。
まぁ、ガジェットとして中二病を選ぶのは、それはそれで自由なので、水掛け論にしかならないのですけどw
聞き流しといてください。

そういえば、最後にしたり顔(顔見えないけど)でナレーションかました天の声、あれはいったい誰なんでしょう?いったい誰の意思を反映して喋っていたのか?そもそも、あれは誰だ?高二病か?大二病か?
あのナレーションがあるせいで、なんかあの世界が歪に見えますね…1話もそうでしたけど。話してる内容が、全部わかったようなので、なおさらに。


なんか実は重要な役割担っていた勇太くん。
彼が一番煮えきらなくて、なんだかなぁと思わせてくれます。前回「モリサマーにビンタされないかな」とか書きましたが、「浅いのよ」とか言われるだけで済んじゃったし、凸守なんかもっと辛辣に彼に当たっていい気すらしますw
中二病をやめろと言ったり、中二病で呼び戻したり。
なんだか都合のいい奴だな…という印象がどうにも拭えないのです。
六花は彼にそこまであーだこーだ強く言ったりすることができないキャラクタゆえ、全て彼の胸三寸で話が進むので、なおさらです。
なんか違和感があるならもっとよく考えろ、間違ってると思うなら早くやり直せ、やり直せるなら早く動け、と。
人の生き方を左右する物言いをしていることを、自覚してほしい、と。
まぁ、劇中では彼も16歳かそこらなので、そこまで言うのは酷なんですけど。

この件から得るべき教訓は、人は失敗してもやり直すことができるということですかね。すんのところで間に合った印象ですが。



とにかく、スタッフのみなさま、お疲れ様でした。意外といろいろ考えさせられたな…。





テーマ:中二病でも恋がしたい! - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2012/12/20(木) 03:27:22|
  2. アニメ感想・考察(Ver.2.0)
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『中二病でも恋がしたい!』 第11話「片翼の…堕天使」 ― 追っかけろっ!

八つ当たり、ダメ、ゼッタイ。


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今は時間がないので、とりあえず覚書程度に。あとでまともに書き直すよ!たぶん


まず、来週、勇太は丹生谷にビンタされると思う。(オイ
というか、何らかの形で“罰”的な何かは受けると思う。別にビンタでもなんでもなくていいけど。
だって凸守泣かしたし。
泣かしたし!
あとくみん先輩の出番少ないし!ふざけんなし!(私怨)

まぁ、少なからず、前の記事でも書いたように勇太が甘やかした(言い方悪いかもだけど)のに、掌返したように六花を叩き落としてるような状態で、もう「なんなのお前?」みたいな部分がございまして。
十花のイタリア行でお母さんが帰ってきて、それで君なんも手出さないって、なんやねん・・・?
自分で違和感を抱えているなら、「不可視境界線はある」って言ったなら、それなりの行動をしてみせろよ、男だろ!
凸ちゃんに当たってる場合じゃない!
飛び乗れ、電車に!

このままじゃ、六花も勇太も燻ったまんまでさ。
あと1話で解決するんだ、ド派手にいこうぜ!


今回の話は、画面がなんか退色してるみたいな印象を受けました。
眼帯を「成り行き」で取っちゃったからでしょうかね。
場面も夜とか夕暮れとかが多くて、光源が心もとない感じ。
屋内のシーンもあるにはあるのですが、部室は電気がついてないし、教室は電気がついてるけど、電気って人工の光なわけで、その気になったら消せるので、一気に暗転して奈落の底まで落ちてしまいそうな。

来週、色鮮やかなエンドマークを描きますように。



テーマ:中二病でも恋がしたい! - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2012/12/13(木) 04:15:19|
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